カテゴリー産霊

他人の産霊

産霊から展開する活動は主に自分に関わる。つまり、自分で何かを創造したり、自分で成長したりする。しかし、それで産霊を尽くすわけではない。 まず、協働で行う活動がある。創造の場合、このようなケースは多い。身近な例は映画だろう。映画の最後にその映画の作成に関わった人の名前が数分に亘って上映される。このような作品を一人で作り上げることはできないので、産霊を実現するために一緒に働かなければならない。協働的な成長もある。例えば、お互いに囲碁をし合って技を高めることは少なくない。その場合、双方が成長する。 単身で活動するか、協働で活動するかは、個人の自由に任せる。成長と創造の評価に影響しない。創造の内容や成長の質によって適切な方法が変わるし、人の好みにも影響されるが、その相違によって価値が決まるわけではない。...

成長

成長

成長とは、自分の能力を増すことを意味する。出来ないことを内面的に出来るようになったら、それは成長である。「内面的に」というのは、例えば梯子を買ったら、高いところへ登ることができるようになるが、それは成長ではない。一方、壁をよじ登ることができるようになると、成長である。 成長で得た新しい能力を存在として考えれば、成長を創造の一種として捉えることはできなくはない。しかし、成長について考えれば、自分を鍛えるように考えた方が適切なのではないかと私は思うので、創造と成長とを区別して扱う。 成長を具体的に言えば、新生児から大人への成長はもちろん、勉強の全て、訓練の全ても入る。知識を貯めると、少なくとも当分野についての質問に答えられるようになる。多くの場合、理解力が増すし、適切に行動できる範囲も広がる。訓練で技能を身につけるので、その技能で活動範囲が広がる。...

創造

創造

一般で抽象的に言えば、創造はこの世に新しい存在を出すことである。 広い意味で捉えたいのだ。彫刻を作るのは創造であるのはいうまでもないが、物体にならない詩を詠むことも創造である。歌の作曲だけではなく、歌を演奏することも創造の範疇に入っている。新しいパソコンの設計を定めることは創造であるし、その設計図の通りパソコンを組み立てることも創造である。レシピに従ってケーキを作ることも、創造。家庭を設けることも、パーティーを開くことも、創造。子供を産むことも。考えれば、創造の範囲は非常に広い。...

産霊の概念

私の惟神の道の中心を成すのは産霊{むすび}である。産霊(ムスヒとも読まれる)とは、漢字から分かるように、産む霊である。つまり、創造と成長の力を指す。中心とする理由は二つある。一つは哲学的で、もう一つは神道学的である。...

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