8月 2021

関与の形

保護者と子供の関係に関与すれば、どのように関与すれば良いのだろうか。 理想は保護者と一緒に努めて、子育てを改善して問題を解決することだろう。保護者と子供の関係を切断せずに、子供に長期的な問題が発生しないように工夫する。そして、保護者と子供を離れさせる必要があれば、できるだけ一時的にして、関係を保ちながら保護者に教育を提供し、子供に養育を与える。保護者には子育ての能力は全く無ければ、子供の養育を行政が担うが、元保護者との関係を保つように工夫した方が良いだろう。最悪の場合、関係を完全に切って、元保護者に対して刑事責任を問うことも考えられるが、そのような態度は極端なケースに限るべきだろう。子供を保護するのは重要だが、保護者との関係も子供にとって重要であるのではないか。...

利益相反

子育てで、保護者と子供は違う人であることは忘れてはならない。そのため、保護者の利益と子供の利益が違う。価値観で論じたが、「子供の利益を最優先すべき」とは一概に言えない。価値観で、子供の利益より優先すべき利益が存在することは少なくないし、そのような価値観(宗教の大半が含まれている)を許すべきだ。それでも、利益相反について考えて、制限すべきだろう。 子供と保護者の利益相反が特に問題になる理由は、利益相反の一般的な問題である。自分の利益が関係するので、どうすべきであるかと考えれば、自分の利益に影響されて、不適切に判断する恐れがある。悪意がある場合も考えられるが、本当に利益を適切に考慮したい場合もある。その場合でも、無意識に自分の利益を優先することは多い。 だから、利益相反が発生する場合、子供の利益を法律で守ることは良かろう。...

価値観

価値観を子供に教えるのは子育ての重要な一部である。明言して教える必要はない。「親の背中を見て子は育つ。」つまり、保護者の価値観や行動を見て、子供が価値観を習うことは多い。価値観を教えずに済むことはないだろう。生きるために価値観は必要だから、子供は環境から吸収する。 多様性を尊重する社会の基本の基本は、価値観の多様性を尊重することだ。だから、国家レベルで許される価値観を指定して、その中から選ばせるわけにはいかない。大人なら、価値観を自由に選ばせるしかない。価値観の一部は、子供にその価値観を継承してもらうことだ。(例外はもちろんあるが、子供に与える価値観に触れない価値観は少ないだろう。)...

精神的な被害

体罰で肉体的な被害を与えることがあるが、それは唯一の被害の種類ではない。精神的な被害もあるし、精神的な被害の方が深刻であるとも言えるだろう。なぜなら、精神的な「打撃」が後遺症を引き起こす傾向は強いからだ。 しかし、精神的な被害の定義は非常に難しいようだ。例えば、自分の意欲を捨てて、他人の希望を叶えるために勤める精神は、尊ぶべき精神だろうか、被害の証拠だろうか。それは、人の理想によって違うので、多様性を尊重する社会で、どちらも認めなければならない。 恐怖症や鬱病を引き起こすことは精神的な被害であるとは言えるだろうが、軽微な恐怖症は精神病ではなく、ただ何かを怖がる現象だし、うつ病が軽微になったら、それはやる気があまりない状態になる。「蜘蛛が苦手」という人は精神的な被害を受けたのだろう。...

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