4月 2021

研究の失敗

研究には大きな成果が出ない場合もある。例えば、病気の治療法を研究して、ただ複数の方法には効果がないことを確認することもある。核融合発電も顕著な例だろう。60年以上の研究で、まだ成功していない。(この60年間、ずっと「40年後使える」と言われてきた。) このような失敗は、研究と離れない現象だ。研究は、未知の分野で新しい知識と理解を探す活動だから、場合によって見つけないことがあるのは当然だ。探さないと見つけないのは事実だが、探したからといって必ずしも見つけるとは限らない。 国家が支援を出したら、これが問題になる。国家が出費したのに成果はないのは、無駄遣いなのではないかと思われるだろう。しかし、研究の場合、これは大きな間違いだ。結果を強く求めれば、寧ろ研究の不正や歪曲の温床になる。...

適応のある基礎研究

ここまでの流れで、国家が基礎研究のために助成金を出すべきではないかのように見えると思う。実は、そうではないので、今回その背景を説明したい。 「基礎研究」という言葉は、すぐに活用できない研究を指す。だから、国家が出費に慎重すべきであるのは否めない。しかし、大きな利益も齎すので、完全に無視すべきではない。 なぜかというと、基礎研究で、想像さえできなかった可能性が把握されるからである。パソコンの半導体もソフトも基礎研究から発生したが、200年前にその可能性は把握されていなかった。100年前の基礎研究が半導体と繋がったし、200年前の基礎研究がソフトと繋がった。だから、基礎研究はなければ、長期的に市民の不利益になる。その不利益に気づかないが、可能性が奪われる。...

国際共同研究

国が天文学のような基礎研究に助成金を出しても良い場合は、国際共同研究である場合だと私が思う。この場合、国家が見込める利益は、主に研究成果ではない。むしろ、国際関係の構築や信頼関係の増強等だ。これで、国民の世界舞台での活躍がよりスムーズに進むと思われる。 基本から始まったら、共同研究で海外の研究機関と日本の研究機関の間に良好な関係が築かれる。(例外はもちろんあるが、特に日本側が研究費を多く出したら、良好な関係が自然に発生することは多かろう。)1箇所であれば影響力はあまりないかもしれないが、例えばある国の大学の大半が日本と共同研究を行ったら、その国の政府が日本に対して経済制裁を課そうとしたら、大学が反発する。自分の研究に大きな打撃になるからだ。...

研究法人

商業のための研究費は、製品を販売する予定を持っている会社から経費として得られる。問題は、より基礎的な研究のことだ。すぐに会社の利益にはならないので、経費として出すことはできないだろう。道具等の必要経費が国家の研究によって抑えられてきたとしても、資金はまだ必要となる。 これは、原則として市民から集めるべきと思う。つまり、募金だ。募金すれば、寄附する人は自発的にお金をあげるので、税金に伴う強制の問題が発生しない。問題は、募金の形式だろう。...

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