格差と民主主義の矛盾

現実とかけ離れた仮定を考えよう。

私は超大人気作家で、毎年本を千万部を売る。印税で、年収が百億円に上る。島に住む夢を長く持って、実現できる状態になったので、東京都の神津島に移住する。合法な税金の納税額を抑える措置を講じない。市民として税金を納めるべきであると信じているからだ。そして、島の自治体の活動に積極的に参加する。事業案を調べて、自分の意見を提出する。それは、社会参加で市民の好ましい姿勢だろう。

ただし、私の年収が他の島民の合計年収の150%程度になっています。(全国の中央値が平均であれば、他の島民の合計は七十億円程度だ。)脱税を目指していないので、神津島村の住民税の税収の大半は、私個人の税金に構成されている。村の行政はこのことがわかっている。そして、事業について、私の意見も知っている。私は百万長者であるので、さらに移住するのは簡単だ。私が反対する事業が行われたら、その可能性は十分ある。私が移住すれば、事業のための予算が自然になくなる。

つまり、私の意見に行政が忖度するのは自然だ。

私は、何も悪いことをしていない。むしろ、促進されることしかやっていない。税金を法律通りに収めることは賄賂ではない。意見募集に意見を提出することは脅迫でもない。そして、地元の方針に賛同できない理由で引っ越すことは、基本的な人権の一つだし、行使しても問題ではない。行政も、客観的に財政状況の維持に配慮している。

それでも、結果として民主主義の精神に反する状態になった。私は一人だ。他の島民は1750人だ。私の意見が決定的になるべきではない。

収入の格差を税制で抑える措置はよく掲げられるが、この場合に無効である。私の税率を上げたら、私の影響力が増すばかりだ。そして、私の影響力を抑えるために自治体の税収を制限することは公平ではないだろう。

これは極端な話だが、自治体に拠点を置く大企業への忖度や複数の富裕層の住民への忖度も延長線上の現象だ。企業の場合、原子力発電所の不適切な影響力がよく取り上げられる。原子力発電所を当然人口の少ない地域に建設する。だから、自治体の経済に絶大な影響を与えて、原子力発電所に悪影響を与えそうな行動を行政が抑えようとするのは自然だ。これも、発電所を不正なことをした状態であるわけではない。単純に自治体の中で運営している。(もちろん、発電所の不正がある場合もあり得る。問題は、それがなくても影響力は過剰であることだ。)大規模な太陽光発電施設も同じような問題を起こす事は想像に難くない。

このような善意から発生する問題を避けるために、個人一人や企業一つ等に絶大な影響力はないように努めるしかないだろう。どうすればいいかは、さらに考えなければならない。

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