転嫁の基本

転嫁というのは、自分の過ちや責任を他人に押し付けることを言う。社会の中の行動でよく発生する現象である。例えば、公害は著しい例であろう。企業が利益を得るが、その利益を得るために必要だった損害を、別の人に押し付ける。基本的な立場として、このような転嫁を禁じる。自分の行動の負担を全て自分で背負うべきである。もちろん、他人に背負ってもらうこともできるが、それはその人が同意する場合に限る。勝手に利益を独占新柄負担を拡散するのは良くないのだ。しかし、これはものすごく繊細で難しい問題であるから、しばらく論じたいと思う。

まず、なぜ転嫁禁止を理念とするのかについて説明する。

意志の尊厳を侵す行為であることは基本的な理由である。自分の行動の費用の一部を無理矢理他人に押し付ければ、その他人の意志を尊重しているとは到底言えない。人に傷をつけると同じようである。自分の行動を遂行するために、他人に損害を与える本質は変わらないからである。

そう考えれば、禁止するのは当然だろうが、特定する必要はないだろうと思われるかもしれない。意志の尊厳を重視すれば、転嫁が自然になくなるのではないかと思われるからだ。確かに基本的に意志の尊厳に含まれていると言えるが、転嫁には特徴がある。それは、加害者も被害者も気づかない場合は多いことである。

加害者が気づかないと、加害者のせいにすることはできないと言いたくなるだろう。悪意はないので、罰を与えると不公平に見えるのではないか。それは認めなくはないが、罰を与えないからと言って、平気でさせてもいいわけでもない。加害者を気づかせて止めてもらうか、もしくは損害を防いでもらうかと言う選択肢は重要だろう。

一方、被害者が気づかないなら、問題はないのではないかと問われる。それは違う。まず、被害に一つ一つ気づかないとしても、積み重なってきた結果に気づいて、大変困ることは少なくない。それでも、個人として困っている原因を特定できないことも多いのである。

このような場合、「相手の意志を尊重しろ」と言うだけで、効果は期待できない。このような問題を、社会のレベルで調べて、解決策を講じて、再発防止策を決定すべきである。例えば、公害を防ぐ規則はその例の一つである。

そして、問題毎に一般の人の自由に大きな影響はない場合は多い。公害問題の大半は水俣病ほどの悲劇にはならないが、それでも転嫁であるし、積み重なると結果として大きな制限になっている。予想しにくい形で問題になることもあるので、まず転嫁を防ぐのである。そうすれば、予想できない問題も発生しないと期待できる。

意志の尊厳はまだ基本であるが、実現するために転嫁に気をつけなければならない。だから、別な項目として特定して、論じることにする。

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