搾取の転嫁が他の転嫁と違う。他の転嫁で、或る人が自分の利益のための負担を別の人に転嫁するので、その他人には損害がある。搾取では、その他人にも利益がある。ただし、利益の分担は著しく不公平であるので、転嫁する人が不正に利益を占める。
概念として簡単に把握できると思うが、具体的な定義は非常に難しい。その理由は、利益の公平な分担を指定することは難しいからである。四人がいれば、一人当たりに4分の1が良かろうかと思われるが、提供する努力の量に大きな差があれば、そうとは限らない。努力の割合に当てたら良いと思ったら、努力の量を量る方法が課題になる。特に、努力の種類が違ったら、比較さえするのは困難である。例えば、ある企画に一人が金銭の資本を提供して、一人が計画と設計図を、一人が純労働力を、最後の一人が宣伝を提供したとしたら、公平な分担は一体何なんだろう。一人もいなかったら成功に至っていないのは確かだが、だからと言って4分の1ずつにすべきであるとは言い切れないだろう。
結局、当事者同士の交渉に委ねるしかない。しかし、国家として配慮できる点がある。それは、人間の弱点の悪用である。直接な脅威や脅迫があれば、それは不当であると言えるので、そのような関与を禁じて、救済方法を設けることはできる。詐欺も、相手の交渉を狂わせる手法であるから、禁じるのは当然。脅威と詐欺は両方搾取の転嫁の顕著な例である。
人間には、それ以外の弱点がある。一つは、食べないと死ぬ弱点であろう。このような弱点を利用して交渉させると、搾取になる恐れは多い。つまり、提供を拒否しても食べられる状況が保障されない限り、搾取が避けられないと思われる。如何に「自由に交渉した」とは言えども、背景には耐えられない圧力がある。このような搾取を防ぐために生活保護や最低賃金の方策は相応しいだろう。
その上、人間には特定の弱みがある。大別にすれば、二つある。一つは依存。タバコ、お酒、覚醒剤などは、一旦接されれば、何回も接するようにさせる能力を持っている。もちろん、人によってその程度が違うが、禁煙活動の難しさは周知の通りである。一回もタバコを吸ったことはない人は、特に魅力を見ないだろうが、もう吸う習慣がある人は、止めることはできないと言っても過言ではない場合は多い。
もう一つの種類は、人間の基本心理に基づく弱みである。これで、色欲と賭博が目立つ。色欲で興味を引くのは簡単であることは周知の通りだし、その時点の色欲のために馬鹿なことをする傾向は強いこともよく知られている。源氏物語をはじめ物語の大半の動機になるのではないか。賭博の基本性はそれほど知られていないかもしれないが、心理学によって裏付けられている。程度はもちろん人によって違うが、弱点として普遍性がある。この範疇には他の例もあるだろう。例えば、社会から除外される恐れなどの社会的な恐怖も利用されるかもしれない。これで、国家が関与するために明瞭にしなければならないので、慎重に考えるべきであるが、検討の対象になるのは間違いないだろう。
もちろん、国家の正当な目的はこの弱みを無くすことではない。ただ、交渉の中でこの弱みが利用されないように工夫することに止まる。これは意志の尊厳の一部として考えられる。弱みを掴まえて、人を左右すれば、その人の意志を尊重しているとは言い難い。その反面で、弱みを見ても、そのようなことはしたい人がいれば、意志の尊厳の上で許すべきである。このバランスを取るための具体策はそれほど簡単に見出せるわけではない。