宮曼荼羅

最近、十年前に東京国立博物館で開催された「国宝・大神社展」図録を読み返しました。当時、来館して実物を見たが、それはすでに十年前であるのはちょっと信じ難いのだ。

図録で気になったのは、宮曼荼羅という絵画種である。神仏集合の時代に隆盛だったが、仏教の曼荼羅と大きく違った。(当時、「曼荼羅」と呼ばれたかどうかさえ私はわからない。後日、学者につけられた名称であるかも知れない。)宮曼荼羅というのは、神社の風景を描写する絵画である。写実的な絵ではないが、現実に基づく。

この宮曼荼羅は、信仰の対象になったそうだ。つまり、宮曼荼羅を見て、描かれた神社の神様に祈ったわけだ。神様自体は目に見えない存在だから、その代わりに鎮座する環境を眺める概念だったそうだ。そのため、掛け軸の形で全ての神殿や重要な風景(神体山等)が見えるように工夫した。もちろん、地理的な関係が修正されたし、社殿の大きさが神様の重要性を反映した。例えば、伊勢の神宮の宮曼荼羅で、内宮と外宮が左右に配置されたが、地理的にそう簡単ではない。そして、宮曼荼羅で御正宮には朱塗りの柱が見えるが、実際はそうではなかったはずだ。曼荼羅のインパクトのために工夫しただろうか。

しかし、この慣習が完全になくなったようだ。江戸時代にはまだあったようだが、戦後にはないし、明治以降の事例も見たことはない。その理由は、もしかして仏教との深い関係なのではないか。「曼荼羅」という名称からも明らかだが、実例を見れば、本地仏の仏像や梵語記号が書いてある宮曼荼羅は多いのだ。だから、神仏分離の時代に廃止され、国家神道の時代に復活できなかったことは想像に難くない。戦後の神道は自由だから、復活できたはずだが、この習慣を知った人はすでに死んでいたので、復活しなかっただろう。

国宝や重要文化財に認定された宮曼荼羅を見たら、やはり美術品としての価値は高い。質が劣る例もあったに違いないが、国宝級の作品を目指して、習慣を復活させても良いのではないかと私は思う。

描き方は、歴史的な例に倣った作品もいいだろう。神道は日本の古い伝統を汲むので、平安時代や室町時代の絵画に倣う作品は相応しい。一方、神道は現代日本にも息づいているので、現代風の宮曼荼羅でもよかろう。例えば、漫画やアニメの絵柄の宮曼荼羅にも魅力あるはずだ。江戸時代の浮世絵風の宮曼荼羅も見たいと思う。

宮曼荼羅は、神棚に納めるものではない。見る装飾品だ。しかし、宗教的な意味を持って、拝める対象にもなり得る。だから、神棚との折衷を考えなければならない。そして、現代の宮曼荼羅の主流は印刷で量産されたものになるのは決まっているだろうが、デジタル版も重要になるのではないか。

とはいえ、このような計画を実現できるのは、神社の宮司に限っているので、私は妄想するより何もできない。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

最近の投稿

最近のコメント

アーカイブ

カテゴリー

メタ情報