祭祀のケ

一人の神職が神社の運営に専念すれば、祭祀が日常の一部になってしまう虞がある。というより、日常になるのは確実である。それは好ましくないように見えるだろうが、避けることはできない。事実を憂うより、対応策を考えた方が良いので、ここでそうする。

まずは、慣れる前に、慣れてからの理想的な形を思い描くのは良いと思う。例えば、日供にどのぐらい時間を割くかを決める。その中で、準備も後片付けも含まれるべきである。これが神社の状況によって異なるので、一概に何も言えないが、例を具体化するために、30分があるとしよう。この中で装束を着けたり、禊祓いをしたり、献饌も祝詞奏上も徹饌も行わなければならない。そして、装束の後片付けもある。

それで、まず朝晩二回行うこととするだろう。30分ごとになる。それで、朝に献饌するが、徹饌しないが、晩に献饌せずに徹饌のみとする。つまり、神饌を一日中神前に供える。献饌にも徹饌にも5分がかかる儀式を講じることはできよう。それで、祝詞奏上も5分で済ませられるだろう。5分でおよそ1000文字の祝詞を奏上できるだろうが、それはちょっと長いので、充実である。朝の献饌の前に神饌を用意しなければならないので、それにまた5分がかかるだろう。神饌所を整理して、すぐに用意できる状態であれば、良かろう。普段着から装束に着替える余裕は明らかにないので、普段着の上に何かを羽織るか、白衣袴を日常の服装とするか、ということを考える事になる。そして、残りの時間を禊祓いに使うだろう。夜には神饌の準備はないので、直会に時間を使う可能性がある。

この計画を立てるところ、制限内であれば、時間を全て祭祀に費やしても良いので、効率にそれほど気にしなくても良い。それより、祭祀としての意味を考えるべきだろう。例えば、神饌にはいつものお米やお酒やお水やお塩を供えるが、それでちょっと時間が余れば、日替わりの神饌を加えれば良かろう。その内容は、神社の環境によって決定される。祝詞は、神様の普通の日常の一部にもなるので、それに相応しい内容を考えるべきである。例えば、毎日同じ依頼を繰り返すとくどいので、祝詞からお願いを削除することとする。それとも、毎日その日の状況に合わせて簡単に変えられる部分を用意する。禊祓いで、例えば1分で自分を祓えて、残りの時間を神殿の御祓に使う方針も可能だろう。詳細は神社によって異なるべきだが、その祭祀としての意味を考えながら計画を立てるべきだろう。

そして、この計画の通り実現する。最初は、時間がちょっとオーバーする可能性は高いが、慣れたら、時間が余ることもあろう。そうであれば、計画を考え直して、より充実にさせることはできる。

参拝者のための諸祭も同じように考えられる。時間を決めて、自分の動作と参拝者の動作をなるべく適切になるように設定する。参拝者にとって明らかにハレになるように工夫すべきであるが、それを徹底するために神職にケになった方がむしろ良かろう。神職が手早く対応できれば、参拝者が不慣れな状況にちょっと戸惑っても滞りなく進められるのではないか。

これで、神職の避けられない慣れが神社の祭祀の尊厳に貢献するように工夫できるのではないか。

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