身を切る改革

「身を切る改革」を訴える政治家や政党は少なくない。多くの場合、それは議員数の減少と議員の収入の削減を意味する。

まずは、議員数の減少は身を切る改革ではない。むしろ、数が少ければ少ないほど、一人の議員の影響力が増す。そして、議員の数は少ないので、政党の執行部の管理が行き届く。つまり、これは政治家の個人的な力を増やすための方策であり、「改革」ではない。

議員の収入の削減は違うと思われるだろう。収入が減れば、議員が何かの損失を感じるのではないか、と。しかし、このような改革をやり過ぎたら、政治家に成れるのは、富裕層に限る。富裕層ではなければ、生きるための収入はないからだ。その上、富裕層であれば、議員の収入はそもそも大したものではないので、削減しても構わないという態度だろう。

だから、別な方向から「身を切る」べきだと私は思う。

議員に当選したら、ある水準を超える財産の全てを税金として納めさせる措置である。政府の令和3年のデータを見れば、世帯の貯蓄額の中央値はおよそ1100万円だそうだ。それに基づいて、議員に当選すれば、貯蓄財産の1100万円を上まる分を没収しても良いだろう。(これは議員本人だけではなく、配偶者等世帯を講ずる人の貯蓄だ。)ちょっと余裕を持つために、1200万円を上限としても良い。貯蓄は、金融機関の貯金等を指すので、不動産や芸術品等は対象外だ。1200万円とすれば、中央値を上回るので、国民の過半数は議員になっても影響を受けない。不動産は別だが、主な住まい以外な不動産を没収しても良かろう。国会議員であれば、東京に居住が国家によって提供されるし。芸術品などは、国や自治体の財産として、博物館に入れてもらう。議員本人や家族の作品を対象外としても良いかもしれない。

そして、議員の報酬以外の収入の全てを、任期の間、税金として納めてもらう。もちろん、議員の仕事に専念するために他の仕事を辞める人は、あまり影響を受けない。

このような措置を導入したら、国会の顔触れが一変すると私は思う。現職の議員の大半は立候補しないし、議席を踏襲した方はほぼ皆無になるだろう。これは身を切る改革になるが、上記に述べた通り、国民の過半数に影響を及ぼせない。

それほど富裕層を不利にする改革はあり得ないとしたら、より優しい可能性もある。それは、没収するより、官僚が運営する財団のような組織の管理下に収めて、任期満了後議員に返すことだ。

これでも、普通のサラリーマンが国会議員になったら、経済面では普通の転職のようなことになる。給与を払ってくれる組織が変わるだけだ。

しかし、富裕層の人は違う。二つ目以上の居住を使えなくなる。株式等の財産も手を出せない状態になる。株主として得る収入も、財団の管理下になって、任期中は入手できない。実は、私が議員になったら、著書から得る収入がこの制度の対象となる。些細な金額だが。

国会議員の報酬は高めだから、生活や政治活動はそれで維持できるし、それはできる水準に報酬をすべきであるとも言える。そのため、他の収入や財産を持っても、使えないようにされても困らない。その上、立候補する時点で、そのことがわかるので、準備はできる。国会議員の報酬だけで生活や義務は果たせない人は、議員になれない。残念だが、貧困の問題でなれない人は数えられないほど多いので、大きな問題であるとは言えない。

このような管理になったら、原則として財産をそのままで維持する。ある会社の株式をそのままにするし、投資信託もそのままにする。私の場合、著作権を維持して、それからの収入を貯めることになるだろう。没収される前に調整する猶予の期間を設けたら良いだろう。新議員は維持しても良い状態に整えるためだ。そして、その利益を得ることは、任期が終えてからのこととする。死去で議員を辞めれば、相続の対象になる。

この優しい措置でも、本当に身を切る改革になると思うので、実現は愚か、政党によって取り上げられるとは到底思えない。

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