天宇受売神を模範として

先日、『神社新報』である神社が「ウズメ塾」を開いて、女性の塾生の「女子力」を鍛えたことを読んだ。偶然、ほぼ同時に英語での神道紹介のため天岩戸神話をもう一度『古事記』、『日本書紀』『古語拾遺』で読み返した。その「ウズメ塾」で茶の湯などを紹介したようだが、神話で描かれた天宇受売神の性格と行動と結構違っていた。

一番有名なのは、岩戸の前で踊る場合、天宇受売神が胸を晒して踊ることであろう。下の服も開けた、ほぼ裸で踊ると言う。そして、天孫降臨の途中で猿田彦神に交渉する場合も、胸を晒すと言う。これは確かに「女子力」と言えるが、神社で使われた意味と相当違うだろう。

しかし、天宇受売神の他の特徴はさらに私の興味を引いた。『古語拾遺』で明記されているが、記紀神話での行動からも窺える特徴は、勇敢で強情であることだ。その上、天照大神を天岩戸から誘い出すのは天宇受売神で、猿田彦神を味方とするのも天宇受売神である。交渉能力は強いようだ。別な神話で、猿田彦神との夫婦関係を固めることに焦って、荒木で慌てて建てた家で契りを結んだそうだ。そして、魚が瓊瓊杵命に誠実を誓うように責めた。

自分の意志を強豪に守り、性的な行為を積極的にやり、交渉で自分の目的を天照大神に対しても押し通す神様である。伝統的な「大和撫子」の正反対と言っても過言ではなかろう。それでも、日本の最古の神話に登場する女性像、というより女神像であるので、日本の女性の模範の一つになり得ることは否めないだろう。

個人的に言えば、天宇受売神に似ている女性の方が魅力的である。胸が見えることではなく、意志強く何でも成し遂げる人で、交渉力も強い、性的なことで人生を乱さずに肯定的に扱うことは、性別を問わずにいい性格であると私が思うからだ。そして、特に日本で、女性の理想像に欠いている要素が多く含まれているのではないかと思わざるを得ない。

それで自己中心の虞があるのではないかと懸念する人もいるだろう。しかし、神話に戻ったら、その心配は不要である。天岩戸の前の踊りも、猿田彦神との交渉も、自分のためではなく、周りの社会のための行動だった。猿田彦神との結婚は自分のためだったとは言えるが、自分の力で社会の問題を解決する神であることは明白である。

神話で、別な神に問題が指摘されているし、天宇受売神の役割も指摘されている。しかし、天宇受売神がそのやり方を自分で決める。思兼神が踊りを指摘したが、その踊り方は天宇受売神が思いついたようだ。同じように、猿田彦神への使いの役割は、神の相談の上決められたようだが、そのやり方もまた天宇受売神の発想だったようで。つまり、勝手に動くのではなく、話してから広く認めれらた問題の解決に向けて独自の方法で動く神である。

ここで、この模範に向けた塾を考えたいと思う。神様は天宇受売神であるので、人間を「宇受女」と表記する。「天」ではないし、「め」の音として「売」より「女」が良いと思う。もちろん、意味が「宇宙を受ける女」になるので、それも好ましい。この宇受女塾をどうすれば良いのだろう。

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